2006. 8. 12〜14
山こじ通信vol.17
  白峰三山縦走
(北岳3192m・間ノ岳3189m・農鳥岳3026m)


広河原より北岳から八本歯ノ頭・大樺沢
平家物語に、
・・・宇津の山辺の蔦の道、心細くも打ち越えて、手腰を過ぎて行けば、北に遠ざかりて、
雪白き山あり、問えば甲斐の白峰といふ。 その時、三位中将、落つる涙をおさえて、
 惜しからぬ命なれども今日までに つれなき甲斐の白峰をも見つ
                           という有名な一節がある。
白峰三山という呼称は、『甲斐国志』に「南北に連なりて三峰あり」という記事から出た。
そしてその三峰は「その北方最も高き者を指して、今専ら白峰と称す。
・・・中峰を間ノ岳或いは中岳と称す。 この峰下に、五月に至りて雪漸く融けて鳥の形を
なす所あり。 土人見て農耕とす。 故に農鳥山とも呼ぶ。 その南を別当代と云う。
皆一派の別峰にして、総て白峰なり。」
                           深田久弥「日本百名山」より

 さあ〜いよいよ念願のアルプスデビューだ! 
北アに行く予定が、8月早々に腰を痛めてしまい切符等の手配が遅れ行けなくなってしまった。
 計画書もバッチリ作ってあっただけに残念だ。 それでも山に行きたくて今度は南アに計画
を変更し、切符もギリギリなんとか手に入れる事が出来た。 
三蔵「何も好き好んでお盆で混んでいる所に行かなくてもいいのに・・・」というが、 山こじ
には、人とずらして夏休みを貰う事など出来ない相談だ。
前夜の新宿発23時の「かいじ123号」甲府へと向かった。
 
8月12日
甲府の駅には、0時40分に到着。 ここで、列車から吐き出された登山客は行く当てもなく4時
の始発のバスをひたすら待つだけだ。
駅前のバスターミナルはいっきに、100人位のホームレスの溜まり場状態(?)だ
3時半に臨時のバスが出るという、アナウンスがあり一同「ほっと」するが、それでも30分早くな
っただけで、歩道の上でごろごろしているしかない。 やっと、バスの時間が来て出発! 
 ところが、このバスの運転手は物凄い運転をする。 路線バスと違って山に登るくらいの輩た
ちだからか、カーブの切り方・アクセルとブレーキのかけ方といい、半端じゃない! 
頬杖をついて仮眠でもしようものなら、「自分で顔面にパンチをくらわせる」ようになる。
窓に頭を寄りかけると「ガラスでリフティング」されてしまう。 
甲府〜広河原間の2時間もの間、「誰一人、仮眠も取れない!」状態で広河原到着。 
                                                 (06:30)
さあ〜、いよいよ南アルプスに来たぞ〜!

しかし、ザックが重い! 今回は20sの重さになってしまった。
何を入れたらこんなに重くなったのか? 頭の中でテントが2キロ水が3リットル・・・とぶつぶつ
言いながら歩き出す。 詰めたのは、おのれじゃ!
北岳目当ての軽装の団体さんを追い越しずんずん進むが、元気なのは最初だけ。 
ついにさっき追い越した「切れの悪いナントカ」みたいな団体さんに追い越されてしまう。
                                             (失礼!)
そのとき、前を歩いていた重装備の男がいた北沢君だ。 
その後は、彼と重いザックの者同士ということでいっしょに歩く。 彼のザックが重いのは昔、
農鳥小屋でバイトをしていた事があり、山小屋のスタッフへの差し入れが入っているらしい。
 中身は冷凍の肉、ヨーグルト、とにかく乾燥していないみずみずしい物らしい。 
その重さは7〜8sにもなるという。 
だから、彼も同じ20s位は担いでいる。
「ペースの違いはしかたないよ。なんてったってこのザックだもの。」 
このコースを経験している彼のガイドに耳をかたむけつつ、やがて大樺沢に出る。
今年は雪渓がまだ多く残っている。
ここで、小休止してオニギリを食べる。 山では手軽に食べれるオニギリは最高!
      今回も特に特にお願いして新妻ちゃんに小さく作ってもらった。
      私らしくない大きさじゃあ!男ならでかいの食え〜!!

 
       二股より大樺沢              雪渓の最上部より大樺沢全景

                  岩の殿堂 北岳バットレス 

ここからは彼より先行することにした。 
彼は北岳の山頂は踏まずにトラバース道北岳山荘へ、山こじ山頂へ向かってから
岳山荘へ行くので1時間以上も時間がかかるからだ。
ず〜と見えているのだが、なかなか八本歯ノコルにつかない。 
コルに登っている途中でちょっとしたスペースでラーメンを作っている3人の若者と出会う。 
一声「うまそうだな!」と声を掛けひたすらコルを目指す。 
やっとのことでコルに到着。(12:50)
 
            八本歯ノ頭              山頂方向

なにやら、山頂には歓迎したくない雲がでてきた。
それでも、高山植物やイワヒバリに心がなごむ。
  

  
そんなことをしているうちにも、天候は急変して、やがて雨が降り出し雹に変った。
風はもちろん強いのだが、山頂部では雷が・・・。 
とうとう山頂は雷雲に包まれてしまったらしい。 北岳山荘へのトラバース道の分
にはザックが3つデポしてあった。 空身で山頂を目指したのだろう。 
山こじも一瞬「ここまで来たんだから・・・」山頂を目指す事を考えたが、
 軽装のオジチャン・オバチャン達も周囲にいるなかで
                    無茶な決断はできない! 
この人達は自分では判断が付かないので人の後を付いてくるからだ。
若者  「山頂はやばいっすよね〜」
山こじ 「雷雲の中に自分からいくなんて無茶だ!」
     「皆さん、昔から山は逃げないと言う言葉があります。 
                 今回は山頂はあきらめて山荘へ直行しましょう!」

 
     さっきまで見えていた北岳山荘       トラバース道はこの状態

                 もちろんテン場は・・・
山こじの言葉に従いゾロゾロとトラバース道を皆で慎重に進む。
やっとの事で山荘に到着。 受付は大忙しだ。
山こじ決断早く山荘泊まりに変更! (あっさり!)

部屋割り(布団割り?)は間ノ岳ハー1だ。 
偶然にもコルの手前でラーメンを食べていた3人の若者と向かい合わせだ。 
時刻はまだ2時半だが早速ビールで乾杯!
煙草を吸いに、受け付けの所に行くと北沢君が到着!
雨でびしょ濡れだ。寒かったろうに、見捨てた訳じゃないからね〜!
話をしてみると中の一人は、くめだに村の隣の出身だったりして5人で多いに盛り上がる。
ザックの軽量化の為にもおおいに貢献してくれた。
(中里・藤原・梅原君無事下山しましたか?
                   楽しかったよ〜!!)

8月13日

 
         北岳山荘2900mにて           視界は30m?
朝からガスが出て視界は30m位か?北沢君は5時前に出発したらしいが・・・。 
少し悩んだが予定どおり縦走することにした。 
雲が雨雲じゃないと判断したからだ。 
彼らとは北岳山頂を目指して広河原に戻るのでお別れだ。(06:00) 
  すまん!写真を撮ってなかった〜。 3人共元気でな〜!!
ガスの中、道を間違えないようにまずは中白根山に向かう。視界が悪すぎる!

 
      中白根山の登り        中白根山頂3055m(待っていたら雲が晴れた)
山こじにとって初めての3000m峰だ。(06:30〜07:00)

 
         間ノ岳への登り           雲が切れて甲斐駒と千丈ガ岳


                  間ノ岳山頂3189m(08:00)
ここで、熊ノ平から来た中園君と出会う。 乾パンを食べている彼にザックの軽量化のお手伝
いという事で、ぶどうパンとソーセージを食べてもらう。
間ノ岳からの下りは「嘘だろう?!」というくらい一気に下降して遥か下に農鳥小屋
(2804m)が見える。 その後ろには今から登る西農鳥岳の姿が・・・。
(はっきり言ってゲッソリ!!)


やっとの事で小屋までのザレた道を下り、小屋の近くに来ると
 あの北沢君が笑顔で手を振って待っていた。(怒ってなぁい?)

 
      間ノ岳3189mをバックに       西農鳥岳3050mをバックに


   中園君(左)と北沢君(中) 見捨てたんじゃないからね〜〜!
彼にビールをご馳走してもらい、しばし歓談する。
彼は連泊して懐かしい仲間と共に旧交を温めるという。名残惜しいが、いよいよお別れだ。
いきなりのザレた急坂が続く道を地面だけを見ながら踏ん張る。(シンドイ!)


間ノ岳3189m(でっかい!!)


西農鳥岳3050m(みんな気付かないで通りすぎる?)

 
        農鳥岳への稜線             農鳥岳山頂3026m


縦走の最後を飾る北岳と間ノ岳の揃い踏み
これで、縦走も果たし、いよいよ明日のために大門沢小屋までの長い下りだ。(11:30)
まずは下降点まで降りる。(12:00)
 ここには冬の農鳥岳で下降点見つけることができず、ビバーグして力尽きた息子さん
(当時25歳)を偲んで両親が建てた鐘の付いた目印の塔がある。


青空に映える鉄塔
ここからハイマツ帯を蛇行する。とっても暑い! いつまでも続きそうな道だ。
こんどは岩と根の出た段差の大きい嫌な道が続く。 そしていつまで経っても終わりが無いの
では?と思うくらい、だらだら延々と続く。 やっと特徴のあるところといえば、テン場の後が残
っている水場くらいだ。 そしてまた、だらだらと段差の多い根っこだらけの道が続く。 いい加
減に疲れて休憩していると中園君が降りてきた。(14:00)
ここから、彼と一緒に下るがペースの速い中園君に合わせたのが間違いだった
疲れきった山こじの足は木の根に躓き「おっとっとっと」右・左・右・着地!
・・・とは行かずに彼のすぐそばにダイビング!! 
指先は岩に当たり古傷の左小指は直角に上を向き、左足は内側にひねり捻挫してしまった。 
頭の中では見事に着地できていたのだが、最後の瞬間にザックが後押しした形で事故を起こ
してしまった。
     押っぺすな〜!
駆け寄る中園君「大丈夫?折れてない?」と聞かれ、「たぶん、オレテナァ〜イ!」
と答えるも不安だ。 でもふざける余裕が・・・ やせがまん、やせがまん!
指を引っ張り元に戻し、何とか立ち上がる事が出来るので、彼にはゆっくり行くからと先行して
もらう。 
途中でいい感じの枝を杖にして敗残兵のごとくゆっくりゆっくり,30分かかってやっと
門沢小屋に到着。(14:30)
中指と同じ位に腫れた指や、引き摺っている足ではテント設営は手間が掛かりすぎるので素泊
まり寝具無し\3000でお世話になった。 足を引き摺りながらストーブで五目ごはんとラーメンの
食事を作っていると、テントの設営を終えた中園君が心配して様子を見に来てくれた。 
二人でビールで乾杯!
      何に??? こけた事???
ちゃうわい!! もちろん縦走です!
          明日は明日の風が吹く〜♪ってか
 
      大門沢小屋(1800m)            やっと見えた富士山
8月14日
やる事も無く、すぐに寝たので3時頃から目が覚めていた。 はたして歩けるだろうか?
でも山は自己責任(事故責任)だ。 3時間35分の所を2倍かければ何とかなるかと思い5時
に出発。 9時40分のバス(4時間40分後)が無理でも、13時50分(7時間50分後)には這ってで
も着かなくては家に帰れない。 昨日、中園君がくれたシップも昨日の今日だからあまり期待で
きない。 歩き始めだけ一緒で後は彼に先行してもらう。
痛い! 激痛が走る! 脂汗を掻きながら一歩一歩進む。 
30分程歩いた所で鎮痛剤を飲む事に気づき3錠飲んだ。 辛抱して歩き続けていると体重をか
けるのは、さほどでもなくなりペースが上がってきた。 しかし、ちょっとでも木の根や浮石で捻
ると山の中で誰もいないというのをいい事に「ぎゃ〜ぎゃ〜」叫びながら頑張った
八丁坂06:00−大コモリ沢06:30−小コモリ沢07:00−つり橋07:45−休憩小屋08:12

 
            吊り橋@                  吊り橋A

 
            吊り橋B                  休憩小屋
 

     お世話になった杖くんありがとう!
ここまで来れば大丈夫!時刻は8時12分、バス停まで40分の距離だ。
林道を普通の人のペースで歩き、舗装路に出てもひたすら歩き、奈良田バス停到着08:45
じつに3時間45分の苦闘だった。 先行していた皆は8時には到着したそうで、温泉で汗を流し
さっぱりしたそうだ。 山こじもこれからの街中に備えて服をすべて着替えてさっぱりしてバス
の人となった。 バスの中では再会を喜び山の話に花が咲き楽しかった。
奈良田−身延 約1時間30分、
身延−甲府 約50分
甲府−新宿 約1時間30分

  じつに懐の深い南アルプスだった

 駅には、新妻ちゃんが笑顔で迎えに来てくれて3時15分自宅到着


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