2009. 7. 18〜21
山こじ通信vol.32
越中剱岳(長次郎谷・平蔵谷)
剱澤小屋から朝の剱岳
山行き行程(3泊4日 2009.7.18〜21)
|
第一日目(予定歩行時間6時間00分) 撮影+小休止9時間45分 |
08:40・・・・・・・・・・・・・・・・・10:26・・・・・・・・・・・・・・・13:44・・・・・・・・・・・・・・・・・16:28・・・・・・・・・・・・・・18:25
黒部ダム (1:00) 内蔵助谷出会 (2:00) 内蔵助平 (1:30) ハシゴ谷乗越 (1:30) 真砂沢ロッジ
1410m・・・・(1:46)・・・1250m・・・・・・・(3:18)・・・1700m・・・(2:44)・・・2010m・・・・・・(1:57)・・・1760m
|
第二日目 |
悪天の為、ロッジにて沈殿・・・(本当は昼間っから宴会)
|
第三日目(予定歩行時間7時間45分) 撮影+小休止9時間57分 |
06:48・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・07:57・・・・・・・・・・・・・・・・・08:14・・・・・・・・・・・・08:24〜08:31・・・・・・・10:37〜11:00・・・・・・・・・12:15・・・・・
真砂沢ロッジ (0:50) 長次郎谷出合 (0:20) 平蔵谷出合 (0:15) 長次郎谷出合 (1:40) 熊ノ岩 (1:00) 長次郎のコル
1760m・・・・・・・(1:09)・・・・1930m・・・・・・(0:17)・・・2060m・・・・・(0:10)・・・・・1930m・・・・・(2:06)・・・・・・・・・(1:15)・・・・2880m・・・
・・・・・・・13:00〜13:30・・・・・・・・・・・・13:45・・・・・・・・・・・・・・・16:03・・・・・・・・・・・・・・17:45
(0:30) 剱岳 (0:30) 平蔵のコル (1:20) 平蔵谷出合 (1:20) 剱澤小屋
(0:45)・・・・2999m・・・・(0:15)・・・2820m・・・・(2:18)・・・・2060m・・・・(1:42)・・・2535m
|
第四日目(予定歩行時間3時間20分) 撮影+小休止3時間35分 |
07:40・・・・・・・・・・・・・・08:37・・・・・・・・・・・・09:50・・・・・・・・・・11:15
剱澤小屋 (1:00) 別山乗越 (1:20) 雷鳥平 (1:00) 室堂
2535m・・・・(0:57)・・・2750m・・・(1:13)・・2275m・・(1:25)・・2433m
|
いやぁ〜、参った!まいった!
1週間、天候不良の為に休暇をずらしたのだが、それでも自然の力には逆らえず、悪天候の山行きとなってしまった。
本来ならば7月の11・12・13・14日で行く予定を、18・19・20・21日と丸々1週間ずらして決行したが、初日、2日目、最終日は雨で3日目が唯一の晴れとなり、剱岳だけは何とか登頂を果たすという山行きになってしまった。
第一日目
早朝02:20に自宅を出発。 目指すは扇沢だ。 普段通い慣れた八ヶ岳とは違い距離があるので仮眠を摂ってのスタートだ。
天気予報はあまり良い事は云っていないが、1週間ずらした結果なので、強引に決行してしまった。 まっ、何とかなるさ♪(お〜怖っ)
渋滞も無く車は順調に走り、豊科ICまで快適なドライブだった。 高速を降りる前にSAで朝食を摂った。
豊科から扇沢までも渋滞など無く、快適にドライブして扇沢に到着。06:50
扇沢 黒部ダム
天気は雨、入山初日から気分が盛り上がらないスタートとなった。
07:30のトロリーバスで黒部ダムに向かう。およそ16分で黒部ダムに到着。
黒部ダムに着いてからは一般客と競争するようにして220段の階段を上り、黒部ダムの展望台に上がる。
雨曇で展望が利かない冴えない景色だ。 ダムサイトに下りて、写真を何枚か撮り、いよいよ一般客の人いきれと別れ、山旅の始まりだ。08:40
旧日電歩道の入り口からは観光客や世間の喧騒の無い山ヤの世界だ。 ジグザグの山道を降りると、黒部本流を渡る橋が架かっている。
今日は濁流が凄まじく、水流を見てしまうと目が回ってしまう 。 落ちたら命は無いので緊張して橋を渡る。09:13
ここからは黒部「下の廊下」だ。
黒部ダム 激流!!
○黒部「下の廊下」
黒部ダム(通称くろよんダム)から下流を「下の廊下」、上流を「上の廊下」と呼ぶ。
廊下とは両側を断崖絶壁に囲まれた渓谷の形を呼ぶ。 山奥深い雪解け水を急流で日本海に注ぐ黒部川が作り出した渓谷である。 さらに上流を「奥の廊下」と呼ぶ。
○旧日電歩道
かつての日本電力が黒部川の電力開発を目的に、調査や工事の為に穿った道である。
毎年雪害で破壊される桟道や手すりの針金を整備して、秋の短い期間だけ通行可能になる。
黒部の先駆者である冠松次郎が「偉大なる廊下の峡谷」と謳った黒部本来の姿は黒部ダムによって分断されてしまったが、白竜峡、十字峡、S字峡と深い谷を穿って流れる様子
は、今でも黒部の自然を充分に堪能させてくれる。
黒部の本流は降雨の為に水量が増し濁流となった、凄まじい様相だ。 前にも後ろにも誰一人いない峡谷沿いの旧日電歩道を、時には水嵩の増した沢水を頭から受けながらも黙々と歩く。
(バケツの水をぶっかけられている感じ)
もう少しで流されそうな橋 嫌でも滝に打たれる橋
大自然の中にただ一人だ。 やがて、黒部本流が大きく右に曲がる所が内蔵助谷出会で、「下の廊下」と別れハシゴ谷乗越へと向かう。10:26
いきなりの藪道だ! 背丈まで伸びた藪や木の枝をストックで払いながら、足元の踏あとを辿る。 そうしないと足元が道だか、崖だか分からないのだ。
やがて濁流に近づいて来たと思ったら、濁流の中の大石にペンキマークがある・・・?!
そんな所、渡れるはずないじゃないかっ!(怒!!)
バカ野郎! 渡れるものなら渡ってみろってんだ!
渡れる所は無い! むしろ泳げる?
仕方が無いので、覚悟を決めて高巻く事にする。ザック+体重で合計90キロを両腕で持ち上げるのだ。
「おぉ〜〜りゃぁ〜〜〜
あ゛〜〜〜っっぐっぎゃぁ〜〜!!」
(枝にザックが引っかかっても、強引にしならせて上に体を持ち上げた)
「ふう〜、腕力があって良かったぁ〜。」
(もうすぐ50歳だけど・・・ギリギリだった)
ヤマケイにオアシスだとか楽園だとか書いてあったけど、とんでもない! 今の状況は「遭難」にとても近い、山こじの登山人生で最大のピンチである。
びしょ濡れで、体力も消耗して引き返す術も無い・・・・。 フラフラ歩いていると、突然前方で動く物が!
「んっ・・・・ザックだ!! 人がいる!!」
山こじが黒部ダムを観光している間に先行した、山岳会の5人パーティーだった。
この悲惨な状況で、この山中に自分独りじゃない事が、とても勇気づけてくれ精神的に余裕ができた。
5人組+山こじのパーティーは
内蔵助平を無事通過し、股下までの深みを渡渉し
ハシゴ谷を遡る。13:44
股下まで水に浸かる!!
有名な鉄橋の下は激流! ペンキマークがあるからと言っても・・・
完全に沢登り状態だ! キツイ!!
少しだけ開けた所で、難所を抜けたと判断したリーダーが休憩をコールして皆の足が止まった。 皆ザックを開き、土砂振りの中で行動食を摂り始めた。
ガイドブックのタイムによると、ここから1時間30分でハシゴ谷乗越だが、今までの状況や装備の重さで判断すると、2倍の時間はかかりそうだ。
高速のSAで朝食を摂って以来、口にしたのは水だけだが、大休止を取っている場合ではなさそうだ。 日没が怖いので5人組と別れ先行することにした。
ここからは、時間との勝負だ! 日没前にハシゴ谷乗越に着かなければ・・・。
普通は涸沢らしいが、今日は浅くても20aは水があり、完全に沢登りのルートになっている。
ただただ、ひたすらに足を進め、小さな滝も休まずクリアし、遂に沢を詰めて道を左に別れ、
ハシゴ谷乗越に到着。16:28
内蔵助平(くらのすけだいら) 八ツ峰マイナーピーク
吹き抜ける風が冷たい! 体が震えるほど寒い! 動きを止めることは出来ないので休まずに下り始める。
足元が明るいうちに真砂沢ロッジに着かないと、捻挫やトラブルの元だ。 梯子を越え、浮石に注意を払い、黙々と歩く。
辺りが薄暗くなった頃、ようやく沢の音が聞こえ始め、気が付くと木の葉の間から雪渓が見えた!
剣沢だ! 着いた! 遭難しないで済んだ!! ほとんど半泣きの状態だ。
最後の詰めだ。 落ち着いて、雪渓に降りるルートを探す。 何しろすぐ横で
スノーブリッジが口を開けて
ドウドウと激流を飲み込んでいるのだ。 踏み抜いたらひとたまりも無い。
流れ落ちる音を伝えられないのが残念!
踏み抜いたら冷たい剣沢の激流に飲み込まれて心臓麻痺でさよならだ・・・
大きく迂回してやっと対岸に渡る。 ほっとしていると、さっきでいた対岸に
5人組のトップが姿を現した。
山こじが先行したすぐ後を、
「俺たちも休んでいる場合ではない!」と気が付き、慌てて追いかけて来たらしい。
彼らに、スノーブリッジの存在を知らせ、大きく迂回するように合図をした。
お互いにずぶ濡れの状態だが、日没前になんとか全員が真砂沢ロッジに到着出来た。18:25 装備全てが、ずぶ濡れ状態で衣類を乾かす事など出来ないので、今夜は小屋泊まりにした。
しかし、5人組は疲労の色の濃い一人を除いてテント泊をしていた。 余計お世話だが、予算の都合も分かるが、予備費で何とか出来ないものだろうか。
真砂沢ロッジは、登山家の佐伯成司さんが経営している居心地の良い山小屋だ。
装備が重く体力が足りないのが原因にも関わらず、辛くて厳しいルートタイムの設定を成司さんのせいにして、憎まれ愚痴を言ってしまった。(すんませんです)
成司さんは「そうかぁ、アカンかったかぁ〜?」と言って笑っておられた。
山と高原地図の「剱・立山」は佐伯成司さんが調査執筆に関わっておられるのだ。
そのせいか分からないが、2008年度版と2011年度版ではコースタイムが変更されていた。
内蔵助谷出合〜内蔵助平(2:00→2:30)、内蔵助平〜ハシゴ谷乗越(1:30→2:00)と30分づつ増えていた。
他の宿泊客の2人も同じ世代だったので、皆で宴会をして楽しく過ごせた。
剣沢の底に存在する真砂沢ロッジ 豪雪に耐える為に岩で囲んでいる
第二日目
今日も天候は土砂振りの雨、最悪である。 昨日歩いた靴はびしょ濡れのままで、とても履けた物ではない。 朝から沈殿と決め、朝食後から宴会が始まる♪♪
いやぁ〜真砂沢ロッジ最高〜♪
成司さん最高〜♪♪ 酒最高〜♪♪♪
靴下や靴の乾燥に努め、山岳漫画「イカロスの山」を読みふける。
「山に危険と困難があるとしたら、
危険は冒してはならない。
困難は克服しなければならない!」
(塀内夏子著 イカロスの山より)
危険と困難を見極める判断力が重要だと思った。
こんな天候の日はキャンセルが増え、今日も同じメンバーで宴会かと思っていたら、毎年来られる元教師の団体で60代半ばの6人のパーティーが雨をついて到着。
パーティーの人達とも打ち解け、この夜もさらなる大宴会を繰り広げてしまった。 酒最高ぉ〜〜♪♪
第三日目
今日は、いままでの鬱憤を晴らすように青空が広がり、文句なしの快晴だ。 今日は剱岳にアタックするべく気合を入れる。
二日間お世話になった、佐伯成司さんや元教師のパーティーに見送られ出発。 アイゼンの感触を確かめながら、剱沢雪渓を登り始める。06:48
佐伯成司さんと 出発の朝
○剱沢大雪渓
日本三大雪渓の一つ。 他二つは白馬大雪渓、針ノ木大雪渓。
剱沢雪渓はかなり起伏が激しく、うねっており重装備の体にはとてもキツイ! 連泊の飲み疲れも手伝い、長次郎谷出合までに結構疲れた。07:57
さらに上の平蔵谷出合まで上りメインザックをデポする。08:14 サブザックに合羽と水と行動食を入れ、2キロに満たない軽装備で長次郎谷に戻る。
ここで、若いカップル(そうさん&ミナさん)に出会う。 雪渓歩きは初めてと言うので、簡単にレクチャーしたが、なかなかたいしたもので、ふたたび剱澤小屋で再会出来た。
○雪渓歩き
基本は中央を歩く。 アイゼンの爪は全部利かせるのが普通だが、勾配によっては蹴り込んで歩く事も必要となる。 雪の状態、地形の状態などを考慮して柔軟な対応が必要である。
雪渓の中では、落石が起きても音がしないので、足元ばかりではなく、上の状況にも注意を払い、落石を発見したら下の人に大きな声で「ラ〜ク、ラ〜ク(落石の意味)」と伝わるまで叫ぼう。
雪渓では下の地形や大きな岩の影響で雪が引っかかり、クレバス(雪の裂け目)が出来る。落ちたら先ず命の保障は出来ない。
(今回は3〜4mの深さがあった)、雪が腐っていると登り返す事は不可能だし、雪解け水(0℃〜4℃)なので心臓麻痺を起こす可能性が大きい。
クレバス
バリエーションルートなので他の人が気づかない等、覚悟して歩く必要がある。雪渓の両端は雪と岩や地表などの間が解けてシュルンドと呼ばれる隙間が出来る。
岩や草付に渡ろうとして弱い部分を踏み抜くとクレバス同様危険である。
単独でなければ、「ショートロープ方式」など、ザイルでお互いを繋ぎ、つるべ式で確保しながら交互に登る事も状況判断で必要となる。
よく軽アイゼンで大丈夫か?と聞かれるが、大丈夫かどうかは自分で判断しなければならない。
爪先と踵に爪の無い中途半端な物は、私は意味が無いと思う。危険な領域である事を承知で自己責任で臨まなければならない。
○長次郎谷(ちょうじろうたん)
中央上部に見えているのは熊の岩、 本峰は見えていない
長次郎谷は八ツ峰(右)と源次郎尾根(左)に挟まれた剱岳東面の谷である。 長次郎のコル(2880m)から出合(1930m)の標高差950m
立山山麓の、かつての大山村出身のガイド、宇治長次郎が明治42年に陸地測量部の柴崎芳太郎一行を、剱岳頂上に導いたのがこのルートである。
○平蔵谷(へいぞうたん)
中央に見えているのが剱岳本峰
平蔵谷は、芦峅寺出身の佐伯平蔵の名にちなむ谷である。 平蔵のコル(2820m)から出合(2060m)の標高差760m。
平蔵と長次郎は、ともに立山ガイドの双璧として名高く、平蔵谷の名は、大正2年に日本山岳会の近藤茂吉が、2人を伴って剱岳登頂を果たした際に命名された。
身軽になって登攀開始!
物凄い高度感! 滑落したら止める自信は無い!!
とても爽やかな青空の下、長次郎のコルまで一望の、長い長い雪渓歩きを続ける。
時にはジグザグ歩き、時には直登と使い分け、左の源次郎尾根、右の八ツ峰を見ながら根気の勝負だ。
やがて熊ノ岩が目の前に迫ってきて、観察すると左俣は急勾配のうえに、シュルンドが出来ていて、さらに幅が狭くなっている。 危険過ぎて、とても通ることが出来ない。
右俣から熊ノ岩の上部に出て左俣に向かえとルート説明にある通りである。
熊ノ岩上部で休憩。10:37
熊ノ岩 (狭い隙間が左俣、広い隙間が右俣) 今回の行動食はSOYJOY!
後立山連峰 (五竜岳〜鹿島槍ヶ岳)
今回の行動食はSOYJOYだ。(大豆ですから♪) 結構いける!
後立山連峰の針ノ木岳・スバリ岳が見える。 最高の天気だ!
やがて若いカップル(そうさん&ミナさん)も到着。 カップルの邪魔をしては野暮なので、入れ替わるように出発。11:00
熊ノ岩を過ぎて暫くすると勾配がきつくなり始め、
「ジグザグ歩き」では通用しなくなり、ピッケルを突き刺して、確保しながらの直登に切り替える。
滑落すると間違いなく右俣を抜け、剱沢まで一直線だ!
左の岩棚が熊の岩 真ん中の隙間が左俣
終わりに近づけば近づくほどきつくなる勾配を慎重にクリアして、
長次郎のコルに到着。12:15
標高差950mの登りだった。
急勾配!! 長次郎のコル
ここでアイゼンを外し、
ガレた岩場を左に向かい
本峰を目指す。右は憧れの
北方稜線だ。 ルートを見極めながら、
三点確保で慎重に歩を進め、遂に頂上だ!!13:00
長次郎の頭(ズコ) 八ツ峰上部
剱岳は針の山!
新しくなった祠 新しい三角点
最高点の大岩(2999m)
頂上には5〜6人程休憩していて、思ったよりも狭いスペースだった。
新しくなった祠と三角点、標高が
2998m(三角点の高さ)から
2999m(大岩の高さ)になった所以の本当の
最高点の岩などがあった。
錫杖と
剣を発見した場所は分からなかった。
早月尾根から番場島方面、剱沢方面、白馬岳・唐松・五竜・鹿島槍・スバリ・針ノ木岳と360度の展望が開けている。
柴崎芳太郎や宇治長次郎はこの景色をどう思って見ていたのだろう。
万感交(こもごも)到る。
(さまざまな感情が次から次へと湧き起る)
早月尾根 (赤い屋根は早月小屋2200m)
剱沢・室堂方向
登ってきた長次郎谷(若い二人が登っている)
いくら見ていても見飽きない、名残惜しい展望だが、もう一つの雪渓に臨まなければならない。 下山開始。13:30
はじめは別山尾根コースと同じように「カニの横バイ」を通り平蔵のコルに下りる。
平蔵のコルで別山尾根コースは「上りのカニの縦バイ」と「下りのカニの横バイ」とが分岐している。 平蔵谷はここからが下り始めだ。13:45
アイゼンを確実に装着し身支度を整える。ミスは許されない、たった一人のチャレンジだ。 取り付きはかなりの急勾配で道路の脇の石積みたいに60度〜70度位はありそうだ。
緊張でスタートを躊躇している山こじの横を、通りかかった年配の夫婦の会話。
少し遅れてコルに着いた奥さん 「あなたぁ〜(ハァハァ)、どこぉ〜?、」
縦バイを5〜6m登った所から、旦那(得意げに) 「お〜い、ここだ!ここだ!」。
それを見て奥さん(ヘナヘナと座り込んで) 「私、もういいわ。(泣)
・・・お父さんだけ上に行って・・・(大泣)!」
一般の登山者にはもちろん、山こじにとっても厳しい剱岳の試練である。
カニの縦バイ(中央に得意げな旦那)
上から見るとほとんど直角に見える雪壁にピッケルを深く突き刺し、最初の一歩を蹴り込む。 ピッケル・左右のアイゼンの三点以外、命を確保してくれる物は無い。
命を託すピッケルとアイゼン
一瞬のミスが命取りだ! 2820mのコルから2060mの出合まで760mを何秒かで滑り落ちてしまうだろう。 雪が腐っているので下に降ろした左足が流れるっ!!
「ドキッ!!○×■△▼」
人生最高の緊張が走る!!
右側を雪壁に向けてのカニ歩き(本当にカニの横バイだ)なので一回に30a位しか進まない。 ここでスピードを上げてミスでもしたら、それは直接「死」を意味する。
汗も、のどの乾きも、蹴り込む足の指のマメも気にしてはいられない。
少しづつ端のシュルンドに向かってしまうので、方向を修整しながら降りるのだが、一回だけクレバスの間近に来てしまい、慌てて人間四駆に切り替え、その場を離れた。
登りなら裂け目が見えて気付くクレバスも上方から見下ろす降下時は、すぐ傍に来るまで気が付かない。(まったく見えないのだ!)
平蔵谷上部 (誰もいない)
平蔵谷下部 (誰もいない・・・たった一人のアタック)
中ほどまで降りると勾配も少し緩くなり、アイゼンだけでも歩けるようになった。 (少しだけほっとする)
その時だった! 緊張が多少緩んでしまったのだろう。
ズボンの左裾に右のアイゼンの前爪を引っ掛けて転倒!してしまった。
勾配が緩くなってからだったので、何事も無かったが、上部でミスをしていたら命は無かった。 やっとの事で平蔵谷出会に到着。16:03
デポしていたザックから予備ボトルの水をがぶ飲みした。 「ゴクッゴクッ うまい〜っ!」
再び重装備のザックを背負い、剱沢雪渓の上りが始まる。 剱澤小屋まで標高差475mだ。
雪渓の起伏に弱音を上げ「今夜も小屋泊まりにしよう」と決める。
左、左と曲がる雪渓を辿り、遂に雪渓が途切れ沢の水が見えた。 ここからは草付の夏道を歩く。
両手にアイゼンとピッケルを持ちフラフラと、無気力、無関心、無表情の山こじは、まるで夢遊病者のようだ。 やっとのことで剱澤小屋に到着。17:45
ガイドブック等でおなじみの佐伯友邦オーナーがやさしく笑顔で迎えてくれた。 小屋は昨年新装オープンしてまだ木の香りが漂う清潔な部屋だった。
食事をして部屋に戻ると、長次郎谷出会で会った若いカップル(そうさん&ミナさん)の二人と再会した。 お互いの健闘と無事を喜び、試練の多い長次郎谷の話で盛り上がった。
新装の剱澤小屋 清潔な部屋と布団
第4日目
またも雨の朝である。 今日剱岳登頂を目指していた同じ部屋の御夫婦は登頂を諦め近くの散策で我慢するらしい。
本当に雨に祟られた4日間だったが、1日だけ幸運にも青空が広がり登頂出来たので良しとしなければならない。
視界50m程の雨の中、小屋を出発。07:40 これでは雄山に行く気にもなれない。 まっすぐ別山乗越に向かい、室堂から帰ることにする。 別山乗越着。08:37
別山乗越・剱御前小屋 雷鳥沢を下る
雨とガスの中、黙々と雷鳥沢を下る。 雷鳥には残念ながら出会えなかった。
時々雲がサァ〜と流れ、室堂の姿が見える。 晴れていれば別天地の風景が広がっているのだろう。
雷鳥沢を下りきり、浄土沢を渡り雷鳥平の遊歩道になって今回の山行きが終わったと実感した。 地獄谷もミクリガ池もミルキーな白い世界では何も感じず、硫黄の臭いが鼻に残っただけだった。 ここでまぼさん&たまぼうさんの女性2人と出会い、お互いに昨日剱岳に登頂できた事を喜んだ。 本当に一日だけ天気が味方してくれた山行きだった。
室堂を見下ろす
雷鳥沢キャンプ場にて あと少しでBT
室堂発 11:30 トロリーバス。
大観望発 11:45 ロープウェイ。
黒部平発 12:05 ケーブルカー。
黒部ダム発 13:05 トロリーバス
扇沢着 13:21
扇沢発 13:40 マイカー
自宅着 17:50 4時間10分のドライブ
本当に剱岳は試練と憧れの
「岩と雪の殿堂」だった!

