2010. 5. 2
山こじ通信vol.34
両神山1723m
(尾の内沢道〜八丁尾根)


原全教『両神山尾ノ内沢』を参考



山行き行程(2010.5.2)
第一日目(予定歩行時間7時間45分)撮影+小休止7時間28分

・・・05:50・・・・・・・コースミスで1:00ロス・・・・・・・・・・・08:31・・・・・・・・・09:02・・・・・・・・・・・・・10:08・・・・・・・
尾の内渓谷P(0:30)スズノ沢出会(1:10)油滝(0:30)シメ張場(1:20)竜頭神社奥宮
・・・・・・・・・・・・・(2:41)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(0:31)・・・・・・・・(1:06)・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・10:39・・・・・・11:10〜11:40・・・・・・12:03・・・・・・12:24・・・・・・12:43・・・・・13:18〜13:28・・・・・
(0:45)東岳(0:35)両神山頂(0:30)東岳(0:35)奥宮(0:25)西岳(0:50)八丁峠(0:35)
(0:31)・・・・(0:31)・・・・・・・・・(0:23)・・・・(0:21)・・・・(0:19)・・・・・(0:35)・・・・・・(0:30)

・・・13:58・・・
八丁トンネルP
 


GWの真っ只中、日頃から行きたいと思ってはいたのだが、なかなか実行に移せない残雪の
富士山登山を計画していた。 しかし、連休間際の大雨や季節外れの雪で嫌な予感を感じ、
これまた普段の休日では行けなかった両神山・尾の内沢道を歩いてきた。 
このコースも打田^一さんが「山と渓谷」などで何回も紹介されているバリエーションルート
だ。 両神山はマイカーでのアクセスが悪く、どの登山口から登ってもピストンを強いられる。 
前回は日向大谷からのピストンだった。 今回は、忘れ去られた古の登拝路を辿ってみる事に
し、稜線からは八丁尾根を歩く二倍美味しいルートにしてみた。 
これも妙義山に続く北鎌尾根のトレーニング登山である。

 前日、早起きが辛くて一日延ばしにしてしまったので、夜の9時半に自宅を出発。
どんなにカッタルイ寝起きでも、登山口で朝を迎えたら、嫌でも登らざるを得ない!
連休初日の関越道は夜間走行のおかげで比較的スムーズな流れだ。 
花園ICで一般道に降り、有料道路も利用してR299をひた走り、尾の内渓谷の入り口に到着。
23:30
 さらに奥に進み、尾の内自然ふれあい館に到着。 突き当たりが10台程の駐車場で、東屋
とトイレがある。 今日はここで車中泊だ。
 
 

尾の内渓谷は冬2〜3月の頃は氷瀑が見事で、5月は石楠花、油滝付近でカタクリが咲
き、稜線はアカヤシオで埋まるそうだ。

朝5時に目が覚めた。 さすがに安物のシュラフでは寒かった。
(ホームセンターで買った封筒型、飲みに出かけた時の車中泊専用) 
テルモスのお湯を沸かし直してカップ麺とパンの朝食を摂る。 
日帰りなのでザックには炊事の道具は要らない、車中に置いて行くから荷が軽い。 
ザックの中身は、10mのザイル・ハーネス・行動食・水という、妙義山の時と同じで軽装備だ。 
足回りは、七峰縦走の時に恐る恐る使用した、6年前のグランドキングだ。
この靴は自宅の中で行方不明になってしまい、後釜にSIRIOの靴を買ってしまったので、ソー
ルは減っていないのに月日だけが過ぎ、ミッドソールのウレタンの経年劣化が心配だった。 
先月の七峰縦走ハイキングで35キロ近く歩いて壊れなかったので、
                            今回も大丈夫だろう!?
 駐車場からハイキング道が始まり先ずは、つり橋一番滝を見る。 冬はつり橋から氷瀑を
見学する人が押しかけるそうだ。 ちなみに山開きは5月3日だ。
後二日でハイカーが増えるのだろう。 ハイキング道なので整備された道が続くと思いきや、
2007年の台風で橋が壊れ、応急処置のままだったり、県も予算が厳しいのだろう。

 



 美しい沢を何回か渡渉しながら呑気に歩いて、森林浴を満喫する。 
程なく、山の神(明治27年建立)に到着。06:16
さらに静かな沢道を進むとキギの沢出会いだ。07:00

 

キギの沢は腕に覚えのある沢ヤのみが挑戦出来る険悪な沢だ。
深く狭いゴルジュの渓谷で技量の無い人は立ち入り禁止!



ここで早くも左側の尾根に取り付いてコースミスをやらかしてしまい、1時間ほど彷徨する。 
キギの沢の看板を読むために左側により過ぎていて、本流の滝の落ち口より手前から左の尾
根に上ってしまったのだ。 登りつめて先が断崖絶壁になってしまい、素直に来た道を戻り、滝
の落ち口の鎖を見つけ正しいコースに復帰できた。08:00
呑気に歩いていても、油断してはならないと気分を引き締め、目印と踏み後を追う。

 

油滝に到着。08:30 
油滝は、「滝つぼに物を投げ入れて祈願すると豪雨を呼ぶ」と言い伝えがあり、雨恋いを祈願
した所らしい。
水量は豊富な滝だが瀑音が無く、静かな滝である。



さらに急登を上り詰めると、大きな岩にぶつかる、そこが地獄穴だ。08:47
中は人が立てるほどの高さがあるらしいが、汚れるのも嫌なので写真だけにする。 

 
右へ登って小尾根に出ると両神山の岩稜が見えてくる。 
注連縄(シメナワ)の張られたシメ張り場両神山(八日見山)遥拝所であった。09:02



注連縄を潜り、右手の山腹を進み、暫く進むと左に大きく回りこむ。
たぶん此処がヒンマワシ(引き回し?)という所らしい。 
この間の雪が沢に残っていて凍っている。 
ここから針金や鎖を使ったトラバースが出てくる。09:49
今度は狭い尾根を這うように、上へ上へと鎖場が続いている。 
 ここが金奉げ(キンササゲ)と呼ばれている所だ。 
殆ど一直線に鎖が伸びていて、上が何処までか分からない。 勾配は大した事が無いのでグ
イグイ登り高度を一気に稼ぐ。 
登り詰めると竜頭神社奥宮に到着した。10:09

 

 

ルートミスもあり、思ったより時間が掛かってしまったので、此処は写真だけにして出発。 
横に目を向けると、隣の西岳の下降に団体さんが手こずっているのが見えたからだ。 
団体のハイカーの後ろに付いたら時間をロスしてしまう。 
しかし、ここは稜線だから自分だけ速く歩いても今度は前のハイカーに追いついてしまう。 
                           んn n〜n万事休す!
東岳10:39、前東岳、小さなピークを過ぎ、山頂に到着。11:10
頂上には登山者の明るい声が響いていた。 
時間的にもお昼時なのでハイカーの親子が弁当を広げていた。

 

楽しそうなハイカーと違い、筋トレ登山なので、30秒も山頂に残らず、下りにかかる。 
しかし、前方からは団体さんが・・・。 アウトォ〜〜!
諦めて登山道から外れた木々の間で昼食にする。 本日初めての休憩だ。 
本格的な給水も初めてで、一気に500ccを飲んだ。 30分休憩して出発。11:40
東岳。12:03 竜頭神社到着。12:24 ここで、やっと振り出しに戻った。
時間に早いのは登って来た尾の内道を下る事だが、同じ道を歩くよりも八丁尾根を歩き通し
ておきたいという気持ちが強く、八丁峠を目指すことにした。
両神山頂に向かう道でも、鎖の尾根を登ったり下ったりの繰り返しだったが、ここから西岳
行蔵坊八丁峠も同じで、鎖の数を勘定するのも嫌になった。

 


 尾の内沢全景




手袋の考察
 ガイドブックなどで鎖場での注意とか、足の運び方や鎖の掴み方とかアドバイスしてい
るが、手袋の事をあまり書いていないと思う。 
七峰縦走などで配られた軍手にゴムのいぼいぼが着いているヤツは良くない! と言う
より危険だ。 精一杯の握力を使い、ゴムの面が頑張ってグリップしているのに、中に入
れた手と手袋の内側はただの綿なので、引っ掛けたりすると手袋から手がスッポリと抜
けてしまうのだ。
 仕事がら、作業着屋さん(ワー○マンなど)に行くが、良い手袋が沢山売っている。 
いわゆるゴム引き手袋で、見た目にもカラフルでかっこ良く、手のひら全てにゴムが張ら
れ、人差し指や手のひらのよく使う部分には、補強がしてあり、手首はマジックテープで
しっかり止められるような物が安く売っている。 
登山用品店のブランド物より、はるかに安く入手できる!
しかし、それよりもお奨めの手袋は豚革の手袋だ。 これも手首の部分はマジックテープ
で止められるタイプがある。 値段も一組400円程度からある。 岩の手がかりでも、ロ
ープでも鎖でも、よくグリップしてくれ、たとえ濡れてしまってもゴム引きよりグリップする。



私は妙義山と今回とで、皮手袋が駄目になってしまったが、2回の山行きでどれだけの
鎖場を通過したことか。下りでは握った手の中で鎖を滑らせてグリップのコントロールを
しているので、相当擦っているはずだ。 
ザイルを扱う人は皮手袋が常識なのだ! (ゴムはザイルを滑らせると溶けてしまう) 


給水を我慢したせいで、左足の腿の筋肉が痙攣してきた。 
ちょっと一歩が大きい段差で左の片足一本で体を引き上げたら攣りそうになり、鎖場で順番待
ちの時には、筋肉がグルグル勝手に硬直しそうになってきた。
急遽、患部を叩いたりマッサージしたりして騙し騙し足を進め、完全に攣るのを阻止しながら歩
を進める。
八丁峠到着。13:18  
後は下りのみで、車道歩きは暗くなっても足元は大丈夫だし、ひと安心だ。
ここで小休止を摂る。 
休憩場所のテーブルで居合わせた方と登山談義を楽しみ、車道歩きが長いので車に同乗させ
てくれると言ってくださった。 
親切なお言葉に甘え、大岩の駐車場まで歩き、今回の山行きが終わった。13:58



 

その節は、お名前も伺えず失礼いたしました。
R299から、さらに奥まった尾の内渓谷の駐車場まで送ってくださり本当に助か
りました。
貴兄の山行きが、今後も安全で楽しく続けられる事を祈っております。






両神山の山名考察



○両神(リョウカミ)山 「日本百名山」 深田久弥(1903〜1971)氏
両神山はイザナギ・イザナミの両神を祀ってある所から、その名が来たと伝えられている。 
わが国の各地にある二上山も、もとは二神山であって、二峰相並んで雌雄神のさまに立って
いる。
ところが両神山はどう見てもニ峰聳立(しょうりつ)の形ではない。
この山には八日見(ヨウカミ)山の別称があり、また竜神(リュウカミ)山とも呼ばれていた。
 
 木暮理太郎(1873〜1944)氏は山名の考証に執拗なくらい熱心で、初めは八日見山あるい
竜神山両神山の転訛だろうと思っていた。
ところが、その後いろいろ古文献を詮索の結果、
この山の一番元の名は八日見(ヨウカミ)山であって、それが竜神(リュウカミ)となり、両
神(リョウカミ)となったのであろうと述べている。 イザナギ・イザナミを祀ったのは、両神
山と呼ばれるようになってからであって、それ以前にはこのニ神には何の関係もなかっ
た。

八日見という山名の由来は、日本武尊が東夷征伐の時、この山を八日間見給うたから、
八日見山と名づけられたと伝えられる。 
しかし、それはヨウカミに八日見を宛字したための伝説で、ヨウカミという呼称はヤオガミ
ら来たものである。 
ヤオガミの「ヤ」は八の意、「オガミ」は大蛇(おろち)の意で、仏教でいう竜王のことであ
る。
つまりヤオガミは八つの頭を持った竜王で、この山の古縁記に「竜頭大明神を祭神とす
る」と記されてあるのと一致する。
わが国には古事記(712)以来「オガミ」信仰の伝統があって、竜王を祀った社は各地にあ
る。相模の大山(雨降山)の山神に源実朝(1192〜1219)が歌を奉って、「八大竜王雨やめ
たまへ」と祈ったのもその例であろう。 

現在の両神山も始源はヤオガミであり、それが音便でヨウカミとなり、八日見という字を
宛てられたのである。 
またヤオガミから竜神或いは竜頭が導かれ、それが両神と変わったのである。



○竜頭(リュウカミ)神社 HPより
・この神社は龍神を両神山に祀る「雨乞信仰」の社とされ、両神山を修験の場とする修験者と
深い拘わりも伝えられる。
・両神山の山頂部分が龍の頭部(龍頭)で、胴体は八丁尾根を這い、尾は東岳と西岳の
間から下がって尾の内沢に沿い、尻尾は尾の内にあたる。



○新編武蔵風土記稿 秩父郡『両神山之図』 
                       ※装備屋メイさんのHPより借用
文化文政期1804〜1829、化政文化に時期に編まれた武蔵国の地誌。
昌平坂学問所地理局による事業、林述斎、間宮士信らによる1810年起稿1830年完成。
地誌取調書上を各村に提出させたうえ、実地に出向いて調査した。



この図を見ると『河原沢八日見山』と書かれている山稜は手前に小突起があり、後ろに
は天治獄とある。 
原全教氏の『両神山尾ノ内澤』には、天治獄→天理(治)獄となっていて、
現在の天理岳と呼ばれている山稜の前にある二つの突起は、絵の描かれた角度を考え
ると、
河原沢八日見山→大キギ、その前の突起は小キギという認
識出来る。
                       ※装備屋メイさんの考察を参考にしています。
 
これらの事から、江戸時代(文化文政の頃)の山を隔てた村々の庶民の感
覚では、日向大谷の村民は両神山(現在の)を拝み、尾の内の村民は八日
見山(大キギ)を拝んでいたのではないのだろうか。 
注連張場からは小キギと大キギを真近に拝む事が出来る。
逆に現在の両神山頂は見えない。
 つまりは、両神山と八日見山は大昔は同一の山だったのかも知れない
が、文献も無く、文字すら読めず、旅などした事のない、江戸時代よりさら
に昔の人々の行動半径を考えると、日本武尊の伝説がどうであれ、自分の
村から拝められる範囲の峰々を信仰の対象に据えるしかなかった。
それが永い年月をかけ、人々の口から口に言い伝えられ、風土記で編纂し
てみたら、似たような音便で山をはさんで信仰していたのではなかろうか。



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