2010. 10. 23
   山こじ通信 vol.35

          岩と木と苔のプロムナード  「北八ッ」


           にゅうからの展望 
  
  北側は原生林に囲まれた白駒池と茶臼山・縞枯山、   
    その肩越しに蓼科山・三岳・大岳・双子山からなだらかな稜線を描いて八柱山の突起、         雨池は双子山の右下に見える?

    


   ・・・北八ッと言えば誰でもすぐに思い出すのは、
                    あの苔の匂いであろう・・・




   さまよい・・・・・・
         そんな言葉がいちばんぴったりするのが、
                           この北八ヶ岳だ。


                                                 山口耀久






                                           山行き行程(2010.10.23)
 第一日目(予定歩行時間8時間45分) 撮影+小休止7時間02分                                                                            

・・・06:00・・・・・・・・・・06:42・・・・・・・・・・06:57・・・・・・・・・・・07:40・・・・・・・・・・08:04・・・・・・・・・・・・・08:15・・・・・・・・・・・・・・09:07・・・・・・・・・・・・・09:32・・・・・・・・・・・・・10:25・・・・・・・・・・・・・・10:36・・・・・
 麦草峠P (50) 丸山 (15) 高見石 (1:00) 中山 (15) にゅう分岐 (15) 中山峠 (1:20) 東天狗岳 (40) 東天狗岳 (1:00) 中山峠 (20) にゅう分岐 (50) 
・・・・・・・・・・・・(42)・・・・・・・・(15)・・・・・・・・・・(43)・・・・・・・・・・・・(24)・・・・・・・・・・・・・・(11)・・・・・・・・・・・(52)・・・・・・・・・・・・・・(25)・・・・・・・・・・・・・・(53)・・・・・・・・・・・・(11)・・・・・・・・・・・・・・(45)

・・・11:21~12:00・・・・・・・・・・・・12:55・・・・・・・・・・・・・13:08・・・・・・・・・・・13:41
   にゅう  (1:00)  白駒池南岸 (20) 青苔荘 (40) 麦草峠P
・・・・・・・・・・・・・・・(55)・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)・・・・・・・・・・・(33)・・・・・・・・・・・


・・・久々の山行である。 

何しろ天気に恵まれず、タイミングに恵まれず、この不景気に仕事に穴を空けてまで山遊びをする訳にもいかず、仕事と家庭の狭間で揺れ動くオッサン心・・・。

がっ! 「土曜日は休み!」の この一言が山行を決断させた!!

 掲示板に投稿して下さる皆様の聞き役に徹してきた山こじだったが、ここは男の子!  男の子・・・と呼ぶにはずいぶんと時間が経過しているが・・・

自らの山行レポートを更新しなければ! 

そんな訳で、焦って山行候補を決めた。

何しろオッサンである!知ってるよ~ン♪ by新妻ちゃん

山行をしたら、3日遅れで筋肉痛が訪れるのである!みぃっ日遅れぇの便りをのせぇて~♪) 

当然、休みをフルに使う事は出来ない! 翌日は休養日として絶対に必要だ!

                                      (そうだ!猫缶の買い出しもあるゾニャー (=^^=)!! by11匹の猫ども )

 2連休=日帰り!という勝利の方程式に基づいて計画すると・・・、 

奥秩父でも、まあまあ満足出来るのだが、来たるべく年賀状シーズンを控えてインパクトが無い! 

ここは何が何でもメジャーな山域にしたい!

 選んだのは「北八ッ」、山口耀久氏の『北八ツ彷徨』を読んで以来、「にゅう」とはどんな所だろう?と興味を持っていた。 何処から入山したらよいのか迷っていたが、行く以上は観光ではなく、「山こじ的登山」でなくてはならず、「北八ツの雄!天狗岳」をも盛り込んだ「北八ッ」らしからぬハードな行程になってしまった。 
アンチエイジングの為にもトレーニングとして
「やっるっきゃない!」

何しろオッサンが半年振りに山に行くのだから、装備は軽く!必要最低限に徹した。
合羽の上下に防寒にフリース1枚、スポーツドリンク1ℓ、昼食のサンドイッチ2ケ、新兵器「ハイドレーションシステム1.8ℓ」、飴56個、以上である。

 

先ずは仮眠を摂って、深夜の1時半に自宅を出発! 途中のコンビニで食糧と最近CMで評判の眠気予防のドリンク剤「メガシャキ」を買う。 愛用の眠気覚まし薬「エスタロンモカ」と共に服用する、期待通りに効いてくれると良いのだが・・・。

通い慣れた入間ICから圏央道~中央道と走り継ぎ、諏訪南ICで降りる。 ナビの誘導に従い、299に入る。 メルヘン街道と名を売っているが、我が埼玉県を走る299と同じ国道である。 若い頃にさんざんサイクリングで走った正丸峠や両神山に行く時に通る路である。16の入間市街から秩父を抜け、志賀坂峠を越え、群馬から十石峠を越え、信州佐久に至り、20の甲州街道に合流するまでに標高2120mの麦草峠を越える山岳国道だ。

 

深夜の蓼科別荘地を横目に、くねくねした道をリズミカルに走り抜け、調子が乗ってきた頃、コーナーを抜けた先に・・・ゲッ!!

道の真ん中に突っ立ている巨大な生き物!!

「ニホンジカ」ではないか!一瞬カモシカと思ったが違うらしい) 

背の高さは4躯を運転している山こじの目線と変わらない。 ぶつかったら廃車ならずともヘッドライトやラジエーターをやられて走行不能は免れない! 余計な刺激を与えぬように脇をソロソロと走り無事に通過できた。(ヤレヤレだ

それにしても間近に見るとでかい!背は人より高く、体重も100㎏は越えているだろう。

あまりの出来事にそれからは野生動物の眼がヘッドライトに反射する度に驚き、スロー走行を強いられる羽目になる。以前、大菩薩嶺行きの時に大イノシシにぶつけられ、ナンバープレートとフロントバンパーを曲げられた経験がある。(vol.7大菩薩嶺)

ドキドキゆっくりの安全走行を行い、ようやく頂上の麦草峠駐車場に到着。(04:30)外気温は-3度である。先着の車のフロントガラスは真っ白に氷結していた。山こじも、やっと運転の緊張から解放され、少しでも仮眠を摂るべく寝袋に包まる。

朝ぁ~(と言っても1時間位しか経っていない)、ゆっくりと外が明るくなってきて、高原の気配が感じられる、というか外は冬である。 「山こじ的登山」とは言え、今日は楽勝コースなので足元が明るくなるまで、車の中でゆっくりと準備を整えて出発。(06:00)

先行者の皆さんを追い抜きながら、服装チェックをしてみると・・・。皆さん厚着をし過ぎている。 フリースどころか上着まで着ているし、定番のスパッツは秋晴れの今日は要らない装備ですよ! いくら寒いとはいえ、歩き始めれば体は温まり暑くなる。汗かき(デブ?)の山こじはTシャツ1枚しか着ていない。

もちろん中高年ハイカーの両手には「名刀LEKIのストック」がキ~ラリン☆!?いやぁ~、皆さん体力以外はすべてお金に物を言わせてのフル装備です。(うらやましい

でも山用品業界の為には、皆様の浪費(失礼)、消費が必要です。頑張って新しい装備を購入してください! 山屋だけではこの業界を支えきれません!!(おこずかいが寂し~い!






丸山到着。(06:42) 別に視界もなく通過。 すぐに高見石。(06:57)

                  
                         見通しの効かない丸山頂上2329.6m                              高見石小屋

ここで、少し前から追い付いて同行になっていた愛知から来られた登山者と別れ、単独になる。 何しろ装備が軽いので、苦も無く足が進むのだ。(決して足が強くなった訳ではない!) 別に何も難しい所もなくただ歩くだけのコースだ。

しかし!中山展望台に到着して、今までの舐めた気持ちは一気に吹っ飛んだ!

絶句!!とんでもなく素晴らしい絶景に感動しているウルウル・・・) 

八ヶ岳は日本の中心の山々のほとんどを見渡す事の出来る山だが、今日は秋晴れのもと、360度の素晴らしい展望が広がっていた。 
ガスの出ないうちにとシャッターを切りまくり、久々の山行の感動を味わう。

    

中央アルプスの空木岳・駒ケ岳から御嶽山、北アの穂高連峰・後立山連峰、南アの北岳・甲斐駒・仙丈ガ岳のそろい踏み、そして美ヶ原、浅間、奥秩父・・・。

そろそろ体が冷えてきたので先に進む。

   
          中山展望台                 中山の下りから見る天狗岳               にゅう分岐                    中山峠2415m

中山展望台は絶景だったが、中山の頂上はコメツガとシャクナゲのトンネルで展望が無い上に 狭い一本道だったので、気づかずに通過してしまった。中山からの下りで少し樹林の切れた所から見えた天狗岳はまさに「北八ッの雄」たる立派な姿だった。

再び樹林の中を進み、程なくにゅうへの分岐。(08:04) また戻ってくる所なので、タイムだけチェックして通過。

中山峠到着。(08:15) 峠の手前は岩のゴロゴロした悪場を急降下する事になる。簡単な岩場だがペースを乱されるのが面倒だった。 山こじの足は快調に進み、ようやく見晴らしの良い開けた稜線になり、眼の前に天狗岳の双耳峰が立ちはだかる。

   

   天狗岳の双耳峰 

   西峰(右側)2646mはハイマツが豊かで緑色に覆われた青天狗、
   
   東峰(左側)2640mは溶岩が山肌を覆いつくし赤天狗と呼ばれ、
                          天狗の鼻とよばれる岩峰を持つ。






























しかし、見晴らしが良いという事は風が直接体に当たり、刺さるような寒気が汗ばんでいた体を急激に冷やす。真冬ならば-
30°にもなる稜線歩きである。
 
立休み(深呼吸を
23回)を繰り返し、後ろを振り帰ると稲子岳の南壁がよく見える。 台地状の稲子岳と左側に少し窪んだ谷を挟み、二重稜線になっている稜線の奥に目指す「にゅう」があるのだ。

そこに辿り着くまでは何が何でも頑張るしかない、時間が勝負なのだ!

とりあえず今は双耳峰の片方、東天狗岳を登らなければならない。少し岩場があるが、さして危険な個所は無い。 鎖場があるとガイドブックに書かれていたが、不安定になってしまったのか道の脇に片づけられていた。鎖に無条件で体を預ける人が多いので、この方が返って危険が少ないと思う。

 両手両足を駆使して登っていると、夏沢峠の方から来たのだろうか、早くも降りてくるハイカーに出会う。このような岩場でも中高年ハイカーはダブルストックを離さない。 かえって危険だと思うが・・・。 

山こじの登山スタイルではストックは一本である。 ストックは下りでのバランス補助に使うのだが、過去に痛い思いをしているのである。 南アの農鳥岳の下り転倒して足首を痛めてしまい、杖になる適当な枝を探すのに苦労をしたので保険代わりに持ち歩いている。 もちろん岩場が多い所や登りでは短くして、両手をフリーにしている。

少しへばり気味だが、立休みでやり過ごし東天狗岳の頂上。(09:07)

休まず西天狗岳に向かう。急激に下り急激に同じ位登り返す。西天狗岳到着。(09:22

やっと、本日の最高地点2645.8mの三角点にタッチ!
左はにゅうへと続く稜線、台地状の稲子岳、南壁はクライミング対象

 
              東天狗岳山頂                                   東天狗岳2640m

  
              西天狗岳山頂                                  西天狗岳2646m                        三角点には優しくタッチ!

よく山行の写真で三角点を踏んでいたり、全員で足を乗せるポーズをとっているのを見かけるが、あれは止めて欲しいものである。 
あくまでも測量のポイントなので大事に扱って欲しい。地形図に表記されている高さは三角点の標高を示しているのであって、山の頂上の高さを表しているのではない。 
ただし見渡しの効く突端のほとんどが山の頂上だったりするが・・・。

そう言えば、剱岳の頂上の高さに異議を唱え、三角点の場所より高い所(実際は大岩)があると話題になり、山頂の標高が2999mになったが、三角点は2998mである。 この様なこだわりに付き合っていくと、金峰山は五丈岩を、権現岳や地蔵岳はやはり岩の突端を、今回の「にゅう」も私のタッチした岩の突端を測量しなければならなくなる。 地図を作るための測量を行ったのであって、場所によっては山頂とは限らない所もある。 この東天狗岳には測量点は無いが、隣の西天狗岳にはちゃんと三角点がある。 地図を作るための測量だからこんなに近い所に2点も必要ないからである。

西天狗岳
360度の展望が開け中山展望台にプラス八ヶ岳の主役が揃い踏みという感じだ。 やはり秋から冬にかけての空気の乾いている時期は最高の景色を約束してくれる。

 
     硫黄岳・横岳・赤岳・中岳・阿弥陀岳手前は箕冠山                   北岳・甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳

一通りの写真を撮り終え景色を一望したらすぐに出発。 滞在時間2分位か? 

 何をそんなに急いでいるのかって?     それはにゅうからの景色が見たいからですよ!!

東天狗岳の登り返しも10分足らずで済ませ、先ほどの岩場に差し掛かった時に高見石付近で別れた愛知から来られた方と再び出会う。 

足が速いですね~と褒められるが、余裕が無い登山をしているだけなのだが・・・まんざらでもない気がする。

 下りながら黒百合ヒュッテと天狗の奥庭の岩礫地帯が眺められる。 右にはこれから向かうにゅうへと続く樹海が見える。 
再び中山峠に到着。(
10:25) にゅう分岐到着。(10:36

 やっと本日の楽しみの「にゅうへの彷徨?」がはじまる。 分岐から間もなく、主稜線の道の明るい軽快なイメージとは違い、暗いがしかし、静かでしっとりとした苔の匂いに包まれるようなシラビソやコメツガの原生林の森が続く。 

・・・・・・静か・・・だ。 

山こじらしくないが北八ッでは、ずんずんと歩を稼ぐ様な野暮な山歩きは似合わない。

愛でるようなやさしい歩みが似合う、山靴の音さえも遠慮したくなるような佇まいだから・・・静かに・・・静かに。 山口耀久氏の愛してやまぬ北八ッには、とうてい及ばず、今では遠い昔の出来事になっているやも知れぬが、現代に生きる私達にでも体験できるものが、まだ僅かに残っている気がする。 

静かなしっとりとした道がやがて下りになり、最低鞍部から登りに転じ、少し行くと・・・見えた! にゅうの岩峰だ! 

 
             にゅうの岩峰                          にゅうの岩峰の尖端の岩をタッチ! 後方に天狗岳

 山名の「にゅう」とは、刈り取り後の稲を円筒状や円錐形などに積み上げた稲わらの事。
「にう」「にお」とも発音する。  稲わらの天頂には菅笠のような雨除けをかぶせることもある。
その形状に由来するのが南アルプス前衛の入笠山、八ヶ岳の展望台としても知られるピークで、
語源は八ヶ岳の「にゅう」と同じである。      (ヤマケイアルペンガイドより)

しかし、結構人が多い。 それもその筈、昼時だ。 休憩している人達の間を縫い、最高峰の岩の尖端にタッチ!(11:21)  

ヤレヤレ・・・、本日の目的達成! 

先着の人垣に混じり、山こじも本日のメインディッシュの景色を堪能しながら、昼食のサンドイッチを頬張り大休止とする。 

爽やかな風が吹き、富士をはじめ、北アの山々、下に眼をやると深い樹海に浮かぶ白駒池と茶臼山・縞枯山、その肩越しにちょこんと蓼科山、三ツ岳・大岳・双子山からなだらかに稜線を描き、八柱山が肩を張っている。 
この稜線の双子山の右下に雨池があるのだが、「にゅうから雨池が、見える! 見えない!」の論議があったように山口氏は書いている。
私の登った時間帯(ほとんど正午)では見えなかった。 場所が分かっているので、黒っぽくなっているのが分かるが、太陽の位置がカギなのだろう。 
推測だが、白駒池の樹影から察すると太陽の南中時から少し後のわずかな時間だけ水面に光が反射してにゅうから雨池が見えるのではないだろうか。 (北八ッの彷徨 
60P参照) 

それにしても良い天気である。 
今日は登って良かったぁ~!・・・である。

 
         にゅう山頂から見る富士山                      針葉樹林の樹海に囲まれた白駒池2115mをバックに

にゅうからの下りは、樹林が深く見通しが悪い。赤テープを頼りに道を捜しながら下る。

稲子湯の分岐を過ぎ、白駒林道に合流する。 石のゴロゴロした涸沢のような道だ。

 
                岩をも包み込むあおい苔のベール・・・・・・岩と木と苔の世界。   苔むすとはこの事!

やがて地面が湿気を帯び、ジメジメした様子になり、足元の汚れを気にし始めた頃、眼の前に木道が現れる。 木道に導かれ着いた先には白駒湿原の看板があった。コメツガの林の中の小さな高層湿原だ。
そのまま木道を伝い白駒池南岸に到着。(12:55

 
               白駒湿原                     白駒池2115m 面積0.114㎢ 直径510m 深度8.6m 八ヶ岳火山列の湖沼中、最大の面積

湖畔の道を右に取り、ハイカーの多い木道を譲り合いながら進み、青苔荘の脇を抜け、白駒池から離れるが、この辺りは、もはや登山者の居場所ではない! 

 
                 青苔荘                              ニホンジカの防護柵と縞枯山2403m・茶臼山2384m

そのまま歩くと国道が近いのかバイクのエンジン音が響き、樹林の間から大型バスが何台も停まっている駐車場が見えた。 もはや喧騒とハイカーの雑踏で山口耀久氏の懸念した通りの「今の北八ッ」がそこにあった。

 

五年後―そう、遅くとも五年後には佐久と諏訪をむすぶ立派なバス道路が完成し、麦草峠には「停留所」の標識が立つだろう。
ルックザックも持たず、山靴もはかない、ボストンバッグと短靴の旅行者たちが、たくさんこの森の山域にやってくるだろう。 
そのとき「むかしの北八ッ」を愛した登山者たちは何と言うだろうか? 
幸福な思い出が現在の不幸を深めるというのは世の中によくある悲劇だ。 現実というものはたいていそういう顔をして訪れてくる。・・・・・

 森の道をひとりで帰ってゆくと、うしろの方でドカンといっぱつ、大きなハッパの音が山の静けさをゆるがして聞こえた。   (北八ッ日記 Ⅳ 126P 1959725より)

 昭和42年八ヶ岳を横断する県道が完成した。その後県道は国道299号線に昇格し、マイカーや公共交通機関を利用すれば、誰でも気軽に2127mの高地に立つことができるようになった。

追記

もう一度、落葉松の葉の散る頃に「北八ッ」に行って、今度は麦草峠から北の茶臼山・縞枯山・三ツ岳・大岳と辿り、双子池・雨池に立ち寄ろうと思う。双子池の近くの落葉松峠を訪ね、「今の北八ッ」の中に「むかしの北八ッ」が残っていないだろうかとブラブラするのも悪くない。 「北八ッは登るというより彷徨う山」だから・・・。

 

まるで、そこで、そのとき急に風が吹き始めた、とでも思えるような、突然のはげしさだった。 あっと驚くようなすばやさで、いきなり風景の転調がおこなわれた。 静止した落葉松林がいっせいに動いた。 私たちは足を止め、息をのんだ。

 ゆくりなくも足を向けたその峠の上は、風と、雪と、乱れ飛ぶ落葉松の落ち葉の、すさまじい狂乱の舞台だった。 風に吹きはらわれる金いろの落葉松の葉が、舞い狂う雪と一緒に、いちめんに空を飛び散っていた。 

ほろびるものはほろびなければならぬ。 いっさいの執着を絶て!

もはやそこに悔いも迷いもためらいもなかった。 すべてがただ急いでいた。 ひとつの絢欄を完成してほろびの支度をすませた自然が、ひとつの季節のうつりをまっしぐらに急いでいた。

秋は終わった。 何といういさぎよい凄まじい訣れ。 私はとり残されたような気がした。

(落葉松峠 65P 「アルプ」第17号 19597月号)

 

※参考図書 創文社「アルプ選書」 北八ッの彷徨 昭和36430日 2刷発行

山口耀久(やまぐちあきひさ)

1926年 東京に生まれる。

1944年 独標登行会を創立、その初代代表をつとめる。

     八ヶ岳、北アルプス後立山連峰の不帰、北岳バットレス、甲斐駒摩利支天などに

素晴らしい登攀記録を残している。

1958年 山の文芸雑誌「アルプ」の創刊に名を連ね、串田孫一氏らと共に終刊まで編集委員を務めた。



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